夢助版画帳~版画でつづる絵日記

人生は遊びにあり。 江戸野菜を中心とした版画制作、 地方の美術館巡り、旅のスケッチなどなど。
時々、個展を開催していますのでそのお知らせも。

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夢助日記50歩100歩

上質なホテルのような、静寂な回廊空間,,,,,,,,。
漆喰壁の白い彫刻の美しさ、窓から差し込む黄昏れ時の光
さて、ここはどこだろう,,,,,,,


上野駅13

上野駅10

上野駅20

上野駅15

上野駅08

上野駅01

上野駅に想う

東京の表玄関は、当然ながら東京駅。
丸の内側は一昨年、昔の姿に復旧して大いに話題になりました。
八重洲側もファサードがグランルーフという帆を張ったようなモダーンなデザインになり、
商業施設もテーマパーク化し、今や東京観光の一大拠点となりました。


札幌出身の私にとって東京の表玄関は上野駅で、通称「北の玄関口」と呼ばれていました。
学生時代、正月休み、お盆休みは上野発の夜行列車に乗って青森へ、青函連絡船に乗り換えて
津軽海峡を渡り、丸々24時間かけて帰省。
札幌に着いた時は蒸気機関車の煙の煤で鼻の穴が真っ黒になっていたことを懐かしく思い出します。

極貧学生だった私は、アルバイトで稼いだ金を懐に、クリスマスイブに上野駅の地下道に徹夜で
行列して札幌行きの乗車券を買い求め、大晦日の夜汽車に乗って故郷に帰ったものです。

ああ上野駅」(伊沢八郎)、「津軽海峡冬景色」(石川さゆり)
「東京だよ、おっ母さん」(島倉千代子)、
はたまた「ふるさとの訛なつかし 停車場の人ごみの中に そを聴きにゆく」(石川啄木)など、
想い出はすべて上野駅に行きつきます。
雪を屋根一杯に冠った汽車が早朝の上野駅に入って行くシーンは今は見る事ができない
懐かしい光景です。

上野駅中央改札上には、1951年展示の猪熊弦一郎作の壁画『自由』が掲げられており、
これは上野駅のシンボルアートとして永久保存となり(昭和26年12月製作、昭和59年6月修復、
平成14年12月修復)。
その下のコンコースの中央改札内には、朝倉文夫作のブロンズ像『つばさの像』は上野駅の
女神の如く両手を広げています。


上野駅は、バブル期に磯崎新設計による地上300mの超高層駅ビルに建て替える構想がありましたが、
その後のバブル崩壊と東北・上越新幹線の東京駅始発よる乗降客の減少などから現在は立ち消えに
なったのをご記憶でしょうか?

さて、前置きはそのへんにして、
これらのクラシックホテルのような写真は、もうどこだかお判りですね?
実はこの写真はすべて上野駅のグランドコンコースにある(ガレリアgalleria)2階の回廊部分です。
意外に見ていない方が多いのではないかと思いますが、上質なホテルのロビーに居る感じがして、
東京駅の大正ロマンチシスムとは異なった欧羅巴の☆☆☆ホテルか、クラシックな駅舎
を思い起こさせます。

(あとがき)
ご多忙な皆様方、上野駅に降り立ったら、一度是非このガレリアで至福なひとときをご体験ください。
東京の「北の玄関口」も捨てたものではありません。
賑やかな上野公園側改札口は、ここから日本を代表する美術館、博物館、コンサートホール、動物園へ
の知的空間へのエントランスであり、東京駅を遥かに凌駕する「知の玄関」となっています。
(yumesuke)


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プロフィール

yumesuke

Author:yumesuke
夢助(yumesuke)

版画師

武蔵野美術大学グラッフィックデザイン科卒業。
乃村工藝社でデザイン、イベントプロデュースの仕事を35年。
退社後,つくば市在住の武井桂子先生に師事して、版画師を目指す。
野菜版画を得意として江戸東京博物館桜茶寮の開館にあたり江戸野菜版画を制作。
以後、葛飾区山本亭、千住宿プチテラスにて野菜版画の個展を開催。
現在、NHK文化センター、夢助アートサロンなどで版画指導を続けている。古民家を求めて、小さな旅、水彩画の旅を続ける。
柏市在住、柏レイソルの熱烈なサポーター。
夢助・yumesuke は大好きな竹久夢二にあやかって。



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